ウェブページにおけるバーティカル・リズム

Space in typography is like time in music. It is infinitely divisible, but a few proportional intervals can be much more useful than a limitless choice of arbitrary quantities.” — Robert Bringhurst

いわゆるバーティカル・リズム(vertical rhythm)がウェブページでも重要なのではないかと言われてから随分と経つ。僕の記憶が確かなら10年にはなるだろう。しかし当初から僕は懐疑的だった。もちろん一貫性のある余白は重要だが、バーティカル・リズムにまでなるとウェブページでは思うように機能しないのではないだろうか。

バーティカル・リズムはページ単位でどのようにコンテンツが美しく、そして読みやすくレイアウトされるかというための概念だ。それは紙媒体のような固定寸法にコンテンツを流し込む時には非常に有効に働く。常に一定のリズムで視線を動かしていけばスラスラと読んでいけるからだ。

しかし、ウェブページは横に制限があるが、縦には制限がない。そのためスクロールという機能がカギとなっている。古くはスクロールバーをクリックやドラッグすることでしかその機能を使うことはできなかったが、ホイール・マウスにより劇的に使いやすくなった。そのコストはタッチ・スクロールが行える機器の登場でほぼ限界まで下がった。

このことはユーザーが常にスクロールしながらコンテンツを閲覧するように変化することとなった。つまり視線がほぼ固定された状態で、コンテンツをそこへ動かしてくるような閲覧法になった。スクロールして読むではなく、スクロールしながら読むというわけだ。

このような閲覧法においては、バーティカル・リズムの視線を一定のリズムで制御できるという利点はほぼ失われる。数行分は視線が動くこともあろうが、それくらいで10数行に渡ってそのリズムの恩恵を受けることはまずない。

またユーザーのスクロール量とバーティカル・リズムの提供するリズムがまず間違いなく一致しないことも問題だ。スクロールしたらリズムのずれを(無意識的に)修正する必要があり、そのことはリズムを一定の間隔で崩すことになる。同期させることは不可能ではないが、それはわかりやすくユーザー体験を損なうだろう。


確かに水平の補助線を使ってバーティカル・リズムを可視化すると説得力はある。しかしそれだけだと言えばそれだけだ。その補助線が示すのは視線移動のリズムであって、視線移動が大幅に減った現在のウェブページでは意味のないことだ。

悲観的に言えば、ウェブページにおいてバーティカル・リズムを駆使することは、もはや印刷やスクリーンショットでしかその真価を発揮できないのかもしれない。コンテンツを読まずに眺めるような時には役に立っているかもしれないが、最大限効果を発揮してもその程度なのではないか、ということだ。モバイル機器の拡大と画面サイズを考えるとそれすらも限定的なものだろう。

タイポグラフィーにおける紙媒体での蓄積は無視できない。しかし同時にウェブページでは縦方向に制限がないことやスクロール主体であること、それらに基づくユーザーの読み方の違いを強く意識して取捨選択する必要もある。